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音楽の座右銘

ドイツの作曲家シューマンには、子どもをテーマとした作品が数多くあり、彼自身には子どもはいなかったようですが、彼の中には、子どもを見つめる眼差しが常にあったようです。《子供のための小曲集(子供のためのアルバム)》という題名を持つピアノ曲集は、子どものためと銘打たれていても、大人にも十分聴き応えのあるものです。このピアノ曲集には、作曲家が、音楽を勉強する子どもたちに向けて自ら書いた「音楽の座右銘」というメッセージが、もともと楽譜の付録として付いていました。音楽を勉強する子どもたちに向けた実践的なアドバイス集ですが、シューマンは当時優れた音楽批評家としても活躍し、詩人の魂を持つ人でもあっただけに、とても読み応えのあるもので、音楽以外のことにも通じる内容です。その冒頭には、こんな言葉が置かれています。

一番大切なことは、耳(聴音)をつくること。小さいときから、調性や音がわかるよう努力すること。 鐘、窓ガラス、郭公(カッコウ)、-何でもよい、どんな音符に当る音をだしているか、しらべてみること。-
シューマン著、吉田秀和訳『音楽と音楽家』岩波文庫より
以下の引用文もすべて同書より

私は、西洋の音楽史についてはまったくの素人なので、ここではいい加減なことしか言えませんが、音楽を(言葉と同じように)現実の世界と関係あるものと考える見方は、伝統的に西洋音楽の中にはずっとあったものかもしれません。作曲家は哲学者の兄弟(姉妹?)という言い方も、よく目にします。「耳をつくること」とここで言われていることを、私たちにとって身近な普段の勉強に置き換えて考えてみるならば、勉強は紙の上だけのものじゃない、教科書に書いてあることを覚えたり、問題が解けるようになればそれで十分というものじゃない、勉強は私たちの日々の暮らしと関係あるものであり、普通の暮らしの中で出合うさまざまなことと関係づけて考える視点を持つべきである、ということになろうかと思います。こういう見方は、塾に通ってくる子どもたちを前にして、つい目の前のテストでよい結果を出させることばかりに汲々としがちな塾人にとっても、常にそこへ帰って行くべき一番大切な、基本的なものだと思います。

毎日長時間机に向かって勉強しているのに、思うように成績が伸びないと言って悩む人がいますが、そういう人には、こんな言葉が当てはまるかもしれません。

音階やその他の運指法は、もちろん熱心に勉強しなければならない。しかし、世の中にはそれで万事が解決すると思って、大きくなるまで、毎日何時間も、機械的な練習をしている人が多い。けれども、それはちょうどABCをできるだけ早くいえるようになろうと思って、毎日苦労しているようなものだ。時間をもっと有効に使わなければいけない。

ABCを早く言えるようになっても、それがもっと大事な他のことの役に立つというふうになっていないなら、それはあまり意味のあることとは言えません。理科や社会の勉強は暗記が中心とよく言われますが、たくさんある用語を何も考えずただ機械的に覚え込もうとしてもだめです。それらの用語は個々ばらばらな情報の断片として頭の中に溜まっていっても、つながりがないので、そのままではまったく何の意味も持たないままに終わってしまいます。大事なのは、1つ1つの用語の間のつながりを意識することです。英語などでもそうです。文法が分からないので、最後は単語さえ知っていればなんとかなると思って、ただもうがむしゃらに単語の暗記に精を出す人もいますが、単語を少しずつ覚えていきながら、それと同時進行で文法も少しずつでよいので頭に入れていくという努力をしなければ、単語テストの王にはなれたとしても、英語の力は付いていきません。そしていろいろなことの間のつながりを知ろうとすれば、それはまさに、自分で頭を使って考えるしかありません。頭を使うのは面倒くさいこと、骨の折れることです。でも面倒くさいことも我慢して少しずつでも続けていけば、いずれ何でもなくなります。

シューマンが音楽の教育に関して言っていることは至ってまっとうなことばかりです。音楽に限らず教育とはそういうものであるべきだと思います。実際の生活の中では、いろいろ大人の都合?というものがあって、普段子どもたちに言っていることとはだいぶ矛盾した行動をとらなければならない場合もあるでしょう。しかし教育の精神の中には、およそ人間社会というものはできるならこうあってほしいという多くの人の理想が含まれているものです。私たちはつい何かというと、「ぶっちゃける」ほうへ行きがちで、その結果、いろいろ問題のある現状を力なく追認することになりがちではないかと思います。ですから大人も子どもも、折に触れて建て前というものを思い出してみるのはとてもよいことだと思います。本音を重んじる世の中のほとんどの部分でないがしろにされがちな建て前が、ほとんど唯一大手を振っていられる場所が、教育の場面です。塾は世の人の本音を受け止めてその期待に応えるのが仕事ですが、本音というものはさほど真実に根ざしてはいないものかもしれません。私としては、そこの所を勘違いしないように気をつけていたいといつも思っています。

シューマンの言葉からはいろいろ考えさせられます。目につく言葉を少し拾ってみると、

拍子を正しく守ってひくように。多くの名人の演奏をきいていると、酔っぱらいが歩いているようだ。そんなものを手本にしないように。

理論、ゲネラルバス、対位法等々といった言葉におじけないように。こうしたものは、使っていると、段々なれてしまう。

やさしい曲を上手に、きれいに、ひくよう努力すること。その方が、むずかしいものを平凡にひくよりましだ。-

一日の音楽の勉強を終えてつかれを感じたら、もうそれ以上、無理にひかないように。悦びもいきいきした気持もなしにひくくらいなら、むしろ休んでいる方がいい。-

ビスケットやお菓子のような甘いものでは、子供を健全な大人に育てられない。精神の糧も肉体の糧と同じく、素朴で力強くなければならない。

山の彼方にも人が住んでいるのだ。謙遜であれ!君は、まだ自分より前にほかの人が考えたり、みつけたりしたこと以外に、何一つみつけたこともなければ、考えたこともない。またもし何か新しいものがみつかったら、それを天の贈物と考えて、ほかの人にもわけなければいけない。

ほかの芸術や科学をみると共に、自分のまわりの生活をしっかり観察せよ。

道徳の掟は、また芸術の掟でもある。

勤勉と根気があれば、きっと上達する。

芸術では熱中というものがなかったら、何一ついいものが生れたためしがない。

芸術は金持ちになるためにあるのではない。

もっともっとたくさんあります。締めくくりはこの一言。

勉強に終りはない。

これはアルファ水橋校のモットーとして教室の目立つところに貼り出してもよいくらいだと思っています。音楽でなくとも、勉強に終わりがないのは当然のことです。どれだけやっても、どこまで行っても、これで十分ということがないのが勉強です。世界は広く、深いものですから、途方もなく。子どもたちには、時間を大切に使ってもらいたいと思います。私自身もまた、そうありたいものです。
  (アルファ進学スクール水橋校 涌井 秀人)


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