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椅子の話

今回は椅子にまつわる話。学童用の椅子と机というと、昔から規格が決まっている、スチールパイプとベニヤ板の、あの頑丈さだけが取り柄?といったものを思い浮かべます。成長期の子どもたち用ですから、ひょっとしてどんな乱暴な使われ方をするか分からないし、そうでなくても長い年月使い続けることが想定されているでしょうから、多少のことでは傷まない、壊れないものになっているのでしょう。それに、一度に数多く揃えるのが普通ですから、製作コストはぎりぎりまで低く抑えられていることでしょう。作りは至ってシンプル。素っ気ない。特に安っぽい感じはしないけれど、いかにも大量生産品という雰囲気が濃厚です。

子どもが使うのだから別にいい、というわけでもないでしょうが、この種の椅子と机、特に体にぴったり密着させて使うものである椅子のほうは、あまり使い心地、座り心地がよいものではないように思います。水橋校でも一般の学校と同じように、そういう椅子と机を子どもたちのために置いていますが、できることなら、もう少し座り心地のよい、しかも温もりのあるものに替えたいと、ずっと思ってきました。

ところで座り心地のよい椅子というと、かなり以前から、北欧家具の評判をよく耳にします。多少興味をお持ちの方であれば、ハンス・ウェグナーとかフィン・ユールといった人の名前をご存じかもしれません。北欧の中でもデンマークは、なぜか世界的にとても評価の高い椅子のデザイナーを輩出しています。名前を挙げた2人もデンマークの人です。

私も、以前から、そうした北欧のデザイナーが作った椅子が好きで、注目してきました。とはいえそうした椅子は普通なかなかに高価なので、気に入ったからといっておいそれと手が出るものではありません。私は北欧の椅子は、手に入れたいという気持ちもさることながら、写真をただ眺めているだけでも幸せな気持ちになります。椅子の本というものがあり、ずっと手近に置いて眺めています。世の中にはいろいろなマニアがいますが、椅子の愛好家にも筋金入りがいます。そういう人が労力(とお金?)を惜しまずにまとめた本で、数々の美しい写真図版を眺め、解説を読んでは、独り悦に入っています。それに、富山にもいくつかあるそういう椅子を扱っているお店に出かけて行って、実際に腰掛けて、座り心地と感触を確かめてみたりするのも楽しいことです。

評判の北欧家具。使い心地、座り心地が本当によいのかどうかは、実際に腰掛けてみなければ分かりません。そして実際に腰掛けてみて、触ってみて、強く感じるのは、たかが椅子、たかが日常使いの道具といえども、細かい部分1つゆるがせにしない、物作りにまつわる徹底したこだわりです。職人魂と言ってよいものだと思います。だから高価なんだろう、結局庶民には無縁な贅沢品じゃないかと思われる方もおられるかもしれません。しかし北欧家具の多くは、実際は製造工程のかなりの部分が機械化、オートメーション化されており、そのために、高価と言いましたが、それはあくまでもほどほどに、であって、決して目玉が飛び出るほどではないことが多いのも事実です。機械作業中心でコストを抑えている一方で、同時に手工芸品としての温もりや使う人への細やかな心遣いを感じさせる、というのが、優れた北欧家具の特長かもしれません。

物作りと言えば、ずっと日本の得意分野でした。なのに、なぜか近頃の日本製品の多くから、よい物を作ろうという意気込みをあまり感じません。細部に魂が入っていないと感じるのです。"神は細部に宿る"といいます。それは多くの場合、生産拠点を海外に移していることも関係しているのかもしれません。しかし品質管理というのは、徹底してやろうと思えば、たとえどこであってもできないことではありません。近頃の日本の物作りは、総じて品質管理の意識が以前と比べて希薄になってきているのではないか。思い過ごしなのかもしれませんが、でも実際情けなく思うことが増えています。以前はちょっとした物1つにも、細部にこだわりが感じられた時代がありました。

北欧家具の中でも最良のものと思えるのは、現代の日常生活の中での使い勝手に徹底的にこだわった品質のよさがあり、なおかつ簡素で飾らない美しさがあり、値段もほどほどに抑えられているものです(確かに、値段はそれでも、しばらくの間お小遣いを切り詰めなければならないほどではあります)。思い切ってそういうものを手に入れ、身近に置いて使ってみる。すると、いろいろよい影響があります。1つは自然と姿勢がよくなること。椅子に座るとはどういうことか、私はそうした椅子から教えてもらいました。西洋と東洋の考え方の違いが関係しているのかどうか分かりませんが、そうした椅子に腰掛けてみると、好き勝手な座り方を許さない、有無を言わせないところがあるのに驚きます。私は若い頃からずっと姿勢が悪かったので、最初のうちは少し戸惑いました。安楽に腰掛けていられる体の姿勢を、自分が決めるのではなく、椅子が決めるのです。カルチャーショックと言ってもいいことです。でもいったんちゃんとした座り方ができるようになると、今までどんな椅子に腰掛けた時にも感じたことのない気持ちよさを感じることができるようになりました。当たり前と思えることが今までいかにできていなかったか、まさに椅子に教えてもらった格好です。

人間の生活というのは、たいてい、何の変哲もないごく普通の平凡な事柄から成り立っています。そういうごく普通の平凡な事柄の数々が、日々の生活を形作り、その中で、知らず知らずのうちに、人間というものが形作られていきます。椅子に腰掛けて勉強をしたり仕事をしたりするのも、そうした普通の平凡な事柄の1つ。家具が人間を作ると言うと大げさなようですが、実際そういうところはあるように思います。よい椅子はよい姿勢を作り、その時その時の状況に合わせて、気持ちをしゃきっと引き締めてくれたり、逆に安楽に導いてくれたりする。たかが家具、たかが椅子、かもしれませんが、よい物を作ろうという意気込みを持っている家具デザイナーや家具職人の心の中には、きっと、人間の生活を形作るという強い責任感があるに違いありません。

さてそういう目で学童用の椅子と机を見直してみるなら、また違ったことが見えてくるのではないかと思います。使われている素材のこともあって、学童用の机と椅子は、かなり硬い使い心地のものです。よい姿勢を取らせるように入念にデザインされてはいるのでしょうが、体をかなり無理矢理従わせようとするところがあるので、窮屈な感じがします。子どもが本来持っている、四方八方に気ままに広がっていこうとする生命力を、無理矢理ねじ伏せようとするような。こういうところは北欧家具にはないように感じます。これは文化の違いでしょうか。北欧家具にも座る人の姿勢を決めるところはありますが、もっと洗練された、と言って語弊があれば、もっと座る人が自然と納得できる仕方で、そうするようです。人は、子どもであればなおさらそうですが、訳も分からず何かを押しつけられることには、断固抵抗します。あの昔からあるスチールパイプ製の椅子の問題は、ひょっとしたらそういうところにあるのかもしれません。これは子どもに勉強をさせるという、私たちの誰もが頭を悩ませている事柄に置き換えてみても、示唆的であるように思えます。
(アルファ進学スクール水橋校 涌井 秀人)



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