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寛容さについて

ピアニストの内田光子さんをご存じでしょうか。日本を代表する世界的ピアニスト。モーツァルトやベートーヴェン、シューベルトなどの作品の優れた演奏で知られています。父親の仕事の関係で小学生の頃にヨーロッパに渡り、その地で音楽を学びました。若い頃は評価されず、とても苦労されたようです。しかし欧米を中心に演奏活動を続け、やがて30代半ばを過ぎて高く評価されるようになりました。早くからイギリスに居を定め、70歳近くなった今もその地で独り暮らしを続けながら、精力的に活動されているとのことです。

私は、昔学生時代によく聴いていた内田さんのCDを最近になって改めて引っぱり出して聴いてみて、その魅力を再認識しました。最近のいわゆるボックスものをインターネットで次から次と買い込んだりして、あまり行儀がいいとは言えませんが、CDを取っ替え引っ替えして、よく聴いています。

内田さんは、昔から私の憧れの人でした。勉強も、その後の演奏活動も、基本的にはずっと外国でされていて、日本では若い頃にほとんど評価されずたいへんに苦労されたためか、あまり日本と日本人にはよい印象を持っておられないのでは?という気もします。もうずいぶん前になりますが、日本のあるテレビ番組でインタビューに答えておられる姿を見たことがあります。たぶんインタビューをしていたのは筑紫哲也さんではなかったかと思います(この人も今となっては懐かしい。ジャーナリストの筑紫さんも、私の生涯尊敬する1人です)。やり取りの内容はほとんど覚えていませんが、インタビューに答える際のとても日本人離れした、と言うと語弊があるかもしれませんが、とてもユニークで個性的な語り口に、たいへん驚き、そして大いに魅了されました。いったいに私は、ユニークな人物に惹かれます。飾らない、自由な考え方の自立した人。考え方のコチコチでない、しかも歯に衣着せぬ独立独歩の人。そういう人に出会うと、昔から私は胸がすくような気持ちになります。私にとって、内田さんはずっとそういう人でした。テレビでただ1度見ただけのインタビューの印象が、あまりにも強いものでした。「楷書体」と評されることもあるらしい、芯の強い独特の演奏もそうですが、内田さんの凛とした人となりが、私の脳髄に焼き付けられた心地でした。

それにしても、小学校の高学年ぐらいの頃から、これまでの人生の大半をずっと海外で過ごされてきたということに驚きます。子どもの頃は親の仕事の関係で仕方なくそうせざるを得なかったわけですが、大人になってからは、自分の意志で、これまでずっとそうしてこられたわけです。それには、日本人でありながら西洋音楽の伝統を身につけなければならなかった特殊な事情があっただろうと思います。日本で暮らしていては、その伝統は自分の中から消えてしまう、ということを言われたこともあったようです。私には知る由もありませんが、そういうことも実際あるのかもしれません。ドイツ、オーストリアの作曲家の作品がレパートリーの中心なのに、その地には住まず、いわばイギリスという西洋音楽からすれば周縁の地にあえて居を定めて、そこから対岸を見るような具合に音楽と向き合っておられる姿勢には、この人ならではのこだわりを感じます。例えば、内田さんの得意とするモーツァルト作品の演奏と言えば、やはりウィーンが本場中の本場というイメージがありますが、ウィーンにはモーツァルトの演奏はこうあるべきという金科玉条のようなもの、いや一種の暗黙の掟があって、それが内田さんには鬱陶しいのだそうです。ヨーロッパは数々の先進的な文化を生んできた地ですが、反ユダヤ主義やナチズムのような極端な排他主義的思想が育った地でもあります。最近も、極右主義的な政党が不寛容な政策を掲げて人気を博している様子がよく報道されます。イギリスは? そういうのとは何かが違うのでしょうか。私にはよく分かりません。

むしろ私が思うのは、ここ日本のことです。いろいろな事柄について、こうあるべきと表立っては言われなくても、一種の暗黙の掟がやたらと幅を利かせている国だと感じています。それらの掟は、ヨーロッパにもその土地その土地で特有の風土があるように、日本にも特有の風土があって、そのもとで長い年月をかけてゆっくりと培われてきた、独特の文化や人々の気風といったものが影響している部分もあるでしょう。それはそれで1つの個性であり、尊重されるべきものかもしれません。しかし問題は、それが個人レベルで見たときに、1人1人にとって重い足枷のようなものになりかねないことです。協調性に欠けるとか和を乱すといったことがここ日本ほど忌み嫌われる地も珍しいのではないでしょうか。和が乱されるような出来事が起きたとき、和を乱す張本人と見なされた人は、徹底的に排除されます。そうやって保たれる和が、何か社会にとってよいものをもたらしてくれるかと言えば、それははっきり言ってケースバイケースだと思います。私は昔からそういうことに対しては疑う気持ちが強く、排除する側よりも排除される側のほうに共感することが多い人間です。

内田光子さんのようなユニークな個性を受け入れて大切にする度量を、この日本社会は、昔も今もあまり変わらず、持ち合わせてはいない、そう私は感じます。あるいは持ち合わせていないからこそ、内田さんは狭い日本ではなくもっとずっと広い世界で活躍するだけの力を身につけることができたのかもしれないのですが...。ともかく、ユニークな個性に対して冷たいのは、昔からあまり変わらない日本と日本人の特性の1つだと思います。芸術だけでなく学問の世界、ビジネスやスポーツの世界などでも、本当にユニークな活動をしている日本人の多くが、この日本から遠く離れた海外で活動しているというのは、少し残念なように思います。

私はテレビの語学番組を見るのが好きで、教室での仕事を終えて帰宅するのがだいたいそういうものをやっている時間帯なため、毎日のように遅い夕食をとりながら見ています。ちょっとした海外旅行気分を味わえて、楽しいものです。つい先日ですが、そういう番組の中で、意外な人が意外なことを言っているのを見て、驚きました。その人はウィーンフィルである楽器の首席奏者を務めていると紹介されていました。その人が言うには、多くの人がクラシック音楽の聖地というイメージを持つウィーンという土地には、確かに作品解釈と演奏についての根強い伝統と言えるものがあるが、本当はそうした伝統にたいした意味は無いのだ、人々が伝統だと言って大切にしているものは、実際はただ、以前からそうしているというだけの理由で大切にされているに過ぎないのだ、と(確かそういう内容だったと思います)。ウィーンと言えばクラシック音楽の本家本元で、しかもその地を代表するオーケストラの代表的演奏家の口から出る言葉としては、思いがけないくらい自由な発想のものだったので、思わず食事の箸が止まるくらい、私は驚いてしまいました。しかしその言葉は、至極まっとうなものです。そう言えば、その昔ウィーンで活躍した作曲家・指揮者のマーラーは、伝統とは怠惰の別名であると言い放って、大いにひんしゅくを買ったそうです。それが時代が下って今では、そういう見方を、伝統の中心にいる人自身が持つようになっている。日本人はまだまだ西洋から学ぶべきことがある!と思いました。

さて、塾の教室にやって来る子どもたちを見ていると、誰もが、その内にユニークな個性の芽を宿していることに気づかされます。その芽を伸ばしていけばさぞや面白いものが形をなすだろうなと感心することもあります。(そうしたことは今この時点で勉強ができるできないということとは、まったく何の関係もありません。勉強ははっきり言ってしまえば、その気になったときに頑張ればいいのです。勉強はその気になったときが飛躍のときです。それ以外にありません。)

しかし他方で、子どもたちを見ていると、まだ若いのに、すでにもうユニークな個性を押し潰そうとする大人の世界の圧力が、子ども自身の中に巣くっていることに気づかされて、慄然とすることがあります。私たち大人にとっては当たり前で、子どもたちも当然身につけるべきと私たちが信じて疑わない事柄の中に、これから育っていく人の可能性を削ぐことにしかならないものがあることに、私たち大人はもっと意識的であるべきだろうと思います。親たちがそうしてきて、自分たちもそうしてきたのだから、子どもたちもそうするのが当然、と考えるのは、まさに怠惰と言わざるを得ません。人間社会は風通しがいいほうが断然よい、と私は思います。

(アルファ進学スクール水橋校 涌井 秀人)



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